「百万台EVプロジェクト」に見る新しいクルマ社会のかたち
日本EVクラブ(元自動車系雑誌編集長) 鳥塚 俊洋
昨年春に立ち上げたオンラインミーティング『EV未来プロジェクト』が、秋の日本EVフェスティバルで初の公開ディスカッションを実施。これを機に新たなフェーズに進もうとしている。題して「百万台EVプロジェクト」。中心メンバーやこれまでの参加者の声に耳を傾けながら、このプロジェクトが意味するものをあらためて考えてみた。百万台の実現化により、クルマ社会はもしかしたら変わるかもしれない。
本題の前に。ロシアのウクライナ侵攻と気候変動の話
最初にロシアのウクライナ侵攻について、書かないわけにはいかない。今日は4月18日。ウクライナ侵攻が始まって53日目だ。この原稿が読まれる頃には平和に解決されていることを願うが、残念ながらその可能性は極めて少ないとも思う。
個人的には、この出来事が世界の進む方向を大きく変えてしまった気がしている。ドイツや北欧諸国、スイスが典型的だが、これまでロシアに対して中立的だった国を含めて、欧米がロシアを明確に敵国と位置づけた。その激しさは20世紀の冷戦期以上だ。なにしろ歴史の経緯から、欧州では慎重に議論されることの多いドイツの大幅な軍備増強が歓迎される状況である。
そのドイツはCO2排出削減の先頭を走っていた国だが、それも減速しそうな気配だ。同国は2045年までに気候中立(実質CO2排出ゼロ。カーボンニュートラルとほぼ同じ意味)達成を目標にあげて、すでに2020年には総電力消費に占める再生可能エネルギー(再エネ。実質CO2を排出しないエネルギー)の割合を、風力、太陽光、バイオマスを中心に46%まで高めていた(*1)。ちなみに同時期の日本はたった20.8%しかない(*2)。
一方で、ドイツには、まだしばらく残る火力発電の多くをCO2排出の多い石炭に頼っているという課題があった。その対策として、比較的CO2排出の少ない天然ガスをロシアから購入し、石炭と切り替える予定だったが、そのために建設を進めてきた「ノルド・ストリーム2」というパイプライン事業をウクライナ侵攻への経済制裁から一旦停止した。このため、今後の石炭火力廃止の計画や2022年予定だった原子力発電全廃を見直すとの報道もある。
このように今後はドイツに限らず多くの国で、気候変動への対策よりも対ロシア対策が優先されていきそうだ。どちらも重要な問題ではある。しかし、国連がIPCC(気候変動政府間パネル。世界から多数の気候学者が参画し、各国政府に提言を行う国連の組織)を通して強く訴えるように、気候変動対策も危機的状況なのだ。
気候変動の問題は、ウクライナの問題のように目前に被害がないぶん実感が湧きにくい。しかし、将来の世代、それも将来の貧しく弱い人達の生活をより苦しいものにし、もしかしたら生きていくことさえ不可能にする可能性もある。その対策の機会を奪うという面からも、ロシアのウクライナ侵攻には強い懸念を覚える。
強面だが合理的だったプーチン大統領が、何を思ってこんな未来への希望もない、不合理極まりないことをやったのか不思議でならない。ウクライナの話が長くて申し訳なかったが、まるで世界は今まで通り動いているかのようにEVの話だけすることは、たとえ日本にいても、もうできないと思う。
「百万台EVプロジェクト」とは?
さて、メインテーマの「百万台EVプロジェクト」に戻ろう。日本EVクラブの会員の方なら知っている人、聞いたことがある人も少なくないと思うが、まずは成り立ちから説明したいと思う。そもそもこのプロジェクトは、日本EVクラブに長く関わっている有志スタッフによる「EV未来プロジェクト」が主体となって提案しているものだ。
では「EV未来プロジェクト」とは何かというと、「生活とクルマの在り方を、電気自動車を軸とした新しい時代に即して捉え直すためのコミュニケーションの場」である。
なんだか難しそうだが、オンラインミーティングで、EVの使い勝手や現状の自動車作りの課題、どんなEVに乗りたいかなどを意見交換したり、同名のFacebookグループでEV関係のニュースをもとに意見を書き込んだりと、EVに対してポジティブな人たちの自由な情報交換の場といえばよいだろうか。興味がある方は、どなたでも大歓迎なので参加をお待ちしています。(*3)
そして、そんな「EV未来プロジェクト」の中から生まれたのが、“自分たちが乗るEVは自分たちで作りたい” という「百万台EVプロジェクト」である。プロジェクトの名前から、EVを百万台普及させるための啓発プロジェクトと勘違いされることも多いが、決してそうではなくて、自分たちで好きなEVを作ろう!というなんとも壮大な計画なのである。
どうして自分たちでクルマを作るの?
僕たちは、毎日の暮らしの中でいろいろな商品を自分の好みで選んで購入して使っている。たとえば衣服。数え切れないブランド、非ブランド品から好きなものを選び、それでもお気に入りがなければオーダーメイドや、技術があれば自分で作ることもできる。
食べ物はさらに選択肢が広く、料理されたものを買うことも自分で作ることも自由自在だ。普通の人にはもっとも高価な買い物である住居にしても、さまざまな既存の物件が選べる上、気に入らなければデザインや設計から手がけ好きな我が家を作ることができる。資金の問題はあるが、夢のまた夢というほどハードルが高いわけではない。
ではクルマはどうだろうか。
メーカーも車種もたくさんある。外観も性能も、そして価格もさまざまだ。でも他の商品のような幅広い選択肢があるかというと、どのメーカーのクルマも同じような枠組みの中で作られていて、選ぶ対象はたくさんあるが、同じ価格帯ならどのクルマを選んでも似ていると感じたことはないだろうか。で、結局はどれでもいいから安いクルマを選ぶことになるとか。
つまりクルマという商品は、まるで規格化されたかのように内容が似通った各社のカタログの中から選ぶことが当たり前になっていて、ほとんどのユーザーはそういうものだと思い疑問なく受け入れているのが現状だろう。でも少し視点を変えると、それはかなり特殊な状況じゃないだろうか。どうしてクルマには、他の商品には存在する”オーダーメイド”というサービスがないのだろうか。
その理由を少し考えてみよう。多くのメーカーのラインナップは、安価で性能、機能はそこそこの小さいクルマから、高価で高性能、機能豊富な大きいクルマへと一律に段階的に構成してある。それはまるで社会のヒエラルキー構造(ピラミッド型の縦型構造)を模したかのようだ。
実はそうなるのは当然で、クルマという安くない商品をたくさん売るには社会の構造に合わせた一律のラインナップで大量生産し、ユーザーの懐具合に合わせてほぼ画一化したクルマを提供した方が安価になり、たくさん売ることができるからである。
そうやってクルマが安価に提供できる仕組みを取り入れたことで、モータリゼーションに成功し社会が豊かに便利になった。というのが自動車メーカーから見たときの理由だろう。それはたしかにその通りで、クルマという道具をここまで進化させてくれたメーカーには心からお礼を言いたいし、今までのやり方としてはそれが正解だったのだろう。
でも時代が少しずつ変わって、今や僕らのすべてが従来のヒエラルキー構造の中に安住しているわけではない。いや、もう社会は変革期に入り、従来のピラミッド型社会ではなく、もっと水平で平等で多様な価値を認める、より自由な社会を望む人がどんどん増えている。
地球環境のことだって最優先で考えなくてはいけない。従来型の、たくさん作って、たくさん売って、たくさん捨てて、それを成長と呼んで経済を回すのではなく、新しい持続可能な(SDGs的な)経済へ移行しなければいけない。それができずに既存のヒエラルキーを振り回したプーチン大統領が、世界から総スカンを喰っていることに今の状況はよく表れていると思う。
そんな状況の中では、今までのクルマのラインナップには入らないクルマが欲しくなるユーザーはきっと増えてくる。たとえば小さくて走行性能はそこそこだが、乗り心地抜群で機能フル装備のクルマとか。でもメーカーのラインナップには、そんな規格外のクルマは見当たらない。今までのメーカーにすべて任せるやり方では、そんなクルマは作れない、というか生まれないからだ。
だったら、自分たちで作ろうよ! と立ち上がったのが「百万台EVプロジェクト」である。
25年前から考えられていた元祖「二万台クラブ」
その「百万台EVプロジェクト」だが、実は突然生まれたわけではなく、日本EVクラブの舘内端代表が、すでに25年前から提唱していた「二万台クラブ」というアイデアがベースにある。詳しく説明すると本一冊(*4)になりそうなので、乱暴に端折ってしまうと、2万人がそれぞれ200万円を持ち寄り、400億円を抱えて自動車メーカーに乗り込み、自分たちが乗りたいクルマを作ってもらおう!というアイデアだ。(*5)
この方法ならメーカーはマーケティング費も宣伝費も営業費もかからないし、基本的な商品企画も必要ないから、既存の200万円のクルマよりも多くの費用をかけたクルマが作れるはずだという発想である。そして既存のカタログにはない、自分たちが本当に乗りたい自分たちだけのクルマを作れることが最大のメリットだ。
舘内さんの言葉を借りれば「市民が、クルマ作りをメーカーから取り戻す」ということで、それは20世紀的(つまり、いろいろ課題がある)大量生産ベースの既存自動車産業的クルマ作りから、21世紀型のSDGsに配慮した新しいクルマ作りへの移行という提案でもあった。
その、少し早すぎたかもしれない「二万台クラブ」が、ここへきて「百万台EVプロジェクト」として蘇ったのは、自動車の “100年に一度の大変革” で、既存の自動車産業が大変革を突きつけられて変わらなければいけない状況になったこと。そしてなによりも、地球環境を考え子孫に健全な地球を残すためには、クルマという道具自体、EV化を前提に大きく見直す必要が出てきたことが大きい。
さらに追い風となったのはここ数年のEVの躍進で、その設計、生産の技術が大きく進んだことがある。なによりもEVになることで、エンジン(ここでは内燃機関のこと)が不要になったことが大きい。今までクルマが自動車メーカーにしか作れなかった最大の理由は、開発も生産も非常に高度で難しいためエンジンは自動車メーカーでなければ作れなかったからだ。
そういう意味では、「二万台クラブ」と「百万台EVプロジェクト」の大きな違いは、前者は自動車メーカーに生産をお願いするが、後者はそうとは限らないことだ。それは自動車メーカーかもしれないし、他分野の製造業者かもしれないし、日本中どこにでもある街工場や整備工場かもしれない。EV化で必要がなくなるガソリンスタンドが作ることも考えられるし、地方自治体が行政サービスとして作るのも面白いかもしれない。もちろん、設備と技術があれば個人だってありだろう。
(*1)JETRO地域・分析レポート、2021年7月19日版より
(*2)環境エネルギー政策研究所レポート、2021年4月12日版より
(*3「EV未来プロジェクト」フェイスブック公開ページ
(*4「すべての自動車人へ」(双葉社刊 1999年)に詳しい
(*5)NEW EV JOURNAL(日本EVクラブ会報vol.23)Special Messageにも記載あり
とはいえ、本当に自分たちでクルマを作れるの?
正直言って、僕もその思いはある。だから今は、「百万台EVプロジェクト」は壮大な思考実験なんだろうなと考えている。
ただ、ホンダとソニーが一緒にEVを作ったり、Appleがどこかの製造のプロにEVを作らせようとしている時代だ。海外まで目を向ければ、EVを形にできる会社や団体はもう相当にありそうだ。ユーザーが考えたクルマを形にできる時代は、意外と近くまできているのかもしれない。だからこそ今から「百万台EVプロジェクト」を準備しておく必要があるとも思う。
メーカーの最新EVを見ていると、車体はプラットフォーム化するのが主流だ。一定の車体のベースがあり、そこにモーターや電池、サスペンション、タイヤ、いろいろな装備品を装着して多彩なEVを作っている。
エンジン時代のクルマ作りでは、クルマに使う部品は各メーカーの “系列” で作られ、いわば生産が囲い込まれていた。つまり自動車メーカーを親分とする系列に入らないと、自動車生産には関与できなかった。
しかしEVの時代になると、それぞれのパーツは部品メーカーや電気メーカー、IT系企業などが、独自に開発して作ったものを組み合わせることが多くなりそうだ。最近よく聞くようになった “水平分業” により、プラットフォームがあれば、誰でもとは言わないが、従来よりも相当容易にクルマが作れるようになる。これは「百万台EVプロジェクト」実現にとって大きなプラス要素だ。
一方、今までのオンラインミーティングで話題になった課題にクルマ作りに関する法律や規則がある。日本EVクラブや、クラブの会員の方々は、これまでたくさんのコンバートEVを作ってきたが、法律や規則をクリアすることは大きなハードルの一つで、これが新しいEVを作るとなると、さらに厳しい課題になりそうだ。
なにしろ今の規則は、大自動車メーカーがクルマを作ることを前提としており、「百万台EVプロジェクト」で考えているようなユーザー主導のクルマ作りは想定していない。もちろん安全性などクルマに不可欠な性能には規則が必要であるが、時代が変わる中、もう少し柔軟なクルマ作りができる見直しの提案をしていく必要がありそうだ。
さらに重要なのが、人だ。いくらクルマ作りが容易になるとはいえ、また生産は委託するにしても、EVに関する専門知識やスキルを持った人がいなくては具体的なアイデアや提案をまとめることはできない。同時に水平分業を進めるためには、EV業界に詳しいコーディネーター的な人も欠かせないだろう。
ある意味、いろいろな形でEVの先端に関わっている人、関わりたい人が、 “未来に継続できるクルマづくり” という一つの旗のもとに集まることが、「百万台EVプロジェクト」実現のもっとも重要な鍵とも言えそうだ。
以上、「百万台EVプロジェクト」について、今までの経緯を中心にまとめてみた。オンラインミーティング等では、その他にも多くのアイデアや意見、具体的な技術についての話も上がっている。
なによりもいちばん話題になるのは、はたして僕らはどのようなクルマに乗りたいの?という基本的な問いであったりもする。自由に乗りたいクルマを発想する機会は今までなかったわけで、個人の好みや生活の中での使い方、社会的な配慮などを考慮しながら乗りたいクルマを考えるのは、それだけでも大プロジェクトである。
たとえば地域によっても便利なクルマの仕様は変わってくるだろう。そうなるとクルマの “地産地消” というアイデアも出てくるし、地産地消なら地域特有の素材や部品を使うという考え方も出てくる。EVなら、金属ではなく木材を中心に使って作ることもできる。いや、リサイクルやCO2排出を考えたら、積極的に使うべきかもしれない。
そんなアイデアをみんなで共有しながら、今後も「百万台EVプロジェクト」を続けていければいいと思う。大切なのは20世紀型のビジネス思考に陥らない、新しいクルマ社会を形にしていくことだろうか。それは、EVが好きな市民が集まった日本EVクラブだからできることでもある。
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