自動車への持続可能な欲望

日本EVクラブ代表 舘内 端

飽くなき自動車への欲望

ひとごとのように言っていますが、飽くなき自動車への欲望を抱え、日ごと欲望の炎に焼かれ、のたうち回ってきたのは何を隠そうこの私です。

自動車への欲望の炎に焼かれているのは私だけではなく、日本にも、世界にも、最近はアジアの人たちの中にもたくさんいることは、なんとなく心強い限りですが、彼らもやがて苦悩せざるを得なくなってくることを考えるとなんともです。

私事で恐縮ですが、小学3年生の頃にはすでにエンジン付きの模型飛行機を飛ばして、校庭の上空にCO2を排出していました。メタノールを飲み込んで1万回転で回る模型エンジンの排気音がたまらなく好きでした。

本格的にエンジンのエキゾーストノート病に罹患したのも、この頃でした。年の離れた兄が大学の研究室から運び出したバイクの排気音に本物のエンジンを感じました。模型飛行機のエンジンもバイクのエンジンもきれいに吹き上がり、その排気音は(周囲には迷惑千万だったでしょうが)、私には天使の歌声に聞こえました。

やがてエンジニアとして自動車レースの世界に入り、人さまの迷惑も顧みずサーキットにこだまするBMWのM12型4気筒、F1のコスワースDFVのV型8気筒、マトラやフェラーリのV12エンジンの排気音の虜になり、それらのマシンは買えないので、セリカXXやスカイラインGT-Rの直6エンジンを高速道路で、箱根の山の中で、吸排気バルブが踊り出すほどに回して、それでも飽き足らずとうとうV型12気筒のジャガーXJSに行きついてしまいました。私は、すっかり自動車の虜になってしまったのです。

エンジンとの悲しい別れ

スカイラインGT-Rが登場した1989年は、国産自動車の大きな変曲点だったと思います。この年はGT-Rのほかにユーノス・ロードスターやホンダNSX等、頂点を極めた新型車が続々と登場しました。まさに国産車のビンテージイヤーだったのです。

しかしバブル経済の崩壊とともにビンテージの時代も終わって、国産車はコストダウンの坂を転げ落ちていきました。そこに待ち構えていたのが地球温暖化とそれによる気候変動という人類史上最悪の事態だったのです。

自動車の排出するCO2が地球温暖化の原因物質だと知った私は、自動車への、そしてモータースポーツへの飽くなき欲望を断ち切るべく、東京から鈴鹿サーキットまでの470キロを2週間かけて歩きました。地球が暑くなり始めた1992年のことでした。

7万年前に人類に起きた「脳の突然変異」

人類史を紐解くと、私たち人類の属するホモ・サピエンスがネアンデルタール人を筆頭に他の人類種をすべて滅ぼして生き残ったと言われます。それは7万年前にサピエンスの脳に突然変異が起こったからだということです。

その結果、実際には存在しないもの=虚構を、たとえば神話や物語などを脳内で生み出せるようになり、それを集団で信じることで高度なコミュニケーションが可能になり、戦術も巧みになって猛獣や他の人類種を滅ぼし、生物の頂点に立ったといいます。これを「認知革命」というそうです。

詳しくは世界で1,600万部も売れているユヴァル・ノア・ハラリの「サピエンス全史」上下巻(河出書房新社刊)をお読みになるか、あるいはネットで「認知革命」を検索してみてください。

サピエンスに訪れた脳内の革命的変容の発見は、ドイツのシュターデル洞窟で発見されたおよそ3万2000年前の、頭がライオンで体が人間の「ライオン人間」と呼ばれる像の発見によります。この像は、実際には存在しない想像の産物=虚構をサピエンスは想像できるようになったことを示すものです。やがてサピエンスは聖書の「天地創造の物語」や、神、天国、自由や平等、人権、貨幣、あるいは民主主義、近代国家のような共通の神話=虚構を紡ぎだせるようになりました。これらの虚構を世界中が信じたゆえに、現代に続く巨大な文明が築かれたということです。

自動車への欲望は虚構?

日本の自動車保有台数はおよそ8千万台で、免許人口は8,190万人ですから、免許を持っている人はほとんど自動車を持っていることになります。

この人たちがみんな自動車で走り出すと、車間距離も入れて1台で5.5mを占拠するとして440万kmの道路が必要になりますが、日本の道路の総延長は130万kmなので、はみ出てしまいます。

先進国で作られた「自動車」という虚構が途上国に広がり、共通の夢=虚構となって全世界に広がっているということでしょう。「自動車を持つと幸せになれる」というのは虚構でしょうね。

この虚構が生まれた結果、世界の自動車保有台数は16億台にもなり、CO2排出量は年間74億トンで世界の排出量の23%にもなっています。

一方、自動車産業は成長に次ぐ成長を遂げ、自動車生産国では経済成長の原動力になっています。人類が生んだ虚構が文明を興し、拡大し、そして私たち自身を滅ぼすかもしれません。この種の虚構を世界に広げた原動力は欲望です。もっとも欲望もまた(人類が夢想した)虚構かもしれませんが…。

欲望の行く先を変えよう

さて、鈴鹿サーキットから東京に戻った私は、まず帰路の新幹線のスピードの速さが異様に感じられ、濃い味の食べ物を受けつけず、一方で朝の陽の光が神々しく感じられ…と、さまざまな変化を経験しました。そして、いつもよりもずっと満たされている自分がいることに驚きました。そしてEVに出会ったのです。

東京電力のIZAというEVに試乗した私は、憑き物が落ちたように感じました。それまで自動車に求めていた「欲望」の質と形がガラガラと音を立てて崩れていき、これまでの自動車への欲望とは違う欲望を作れると思いました。それは、いわば「持続可能な虚構=欲望」ではないかと思っています。

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