「年越し宗谷岬」イベント、EV初参加達成
京都支部/鈴木 一史(ZEVEX)
ウクライナ侵攻の影響
ロシアのウクライナ侵攻が始まる前、サンクトに住むロシア人四駆仲間とEVジムニーで北極圏まで走る冒険計画を進めていた。南極大陸に唯一輸送機を飛ばしている会社から、「オープンボディーはNG」とか「タイヤは最低40インチ」とか、嫌がらせのような条件を出されて、その条件のために悪化する電費を補いつつも、期間中に南極大陸を走り切る発電量を確保する目途が立たず(風車とPVがべらぼうな量になる)、科学的な側面で交渉が頓挫していたので、北への計画変更を考えていた。そこにウクライナ侵攻が発生し、そちらの計画も頓挫することになってしまった。
そんなとき「年越し宗谷岬」の常連さんから、「年越し宗谷岬に参加したEVはまだない」という話を聞いた。18年前に宗谷岬を突き抜けて、厳冬期の樺太にEVジムニーを持ち込んで活動した我々としては、正直「年越し宗谷岬」では物足りなかったが、「EVでやれば日本初」と聞いてやる気になってしまった。
実は我々が「年越し宗谷岬」をEVジムニーで狙ったのは今回が初めてではない。2002~3年の年末年始、北海道石狩市に空き地を借りて、12泊13日のEVジムニー雪中野営&走行訓練を行ったとき、風車とPVで電気を創りつつ宗谷岬まで行けないか?と企んだことがあった。
しかし、当時はまだ鉛バッテリーだった上にQCもなく、仮に家庭用コンセントを借りても数日を要するため、このときはディーゼル4×4での参加になった。それから20年。EVジムニーはチャデモも使える仕様に進化したので、川崎のピットからガソリンジムニーと変わらぬ旅程で宗谷岬を目指すことにした。
「年越し宗谷岬参加達成」を謳うには、文字通り年越しの瞬間に撮影される集合写真に写ることと、夜明け前に先着千名で配られる記念キーホルダーを貰うことの2つの条件が必要、というのが通説らしく、意外にも出発地点に縛りはないらしい。確かに稚内駅まで輪行で来るチャリダーもいるし、旭川までトランポにバイクを積んで来るライダーもいる。
ならば計画としてはなおさら簡単で、電欠対応にクロカン四駆の利点を生かした「トゥーバー牽引」を準備する作戦を立てた。車両前部が樹脂バンパーのSUVだと難しいが、フレーム構造&鉄バンパーのクロカン四駆には、鉄製のバーで車両を繋ぐ牽引方法がある。低μ路での牽引時の安全性が各段に向上する。こうして準備を整えて、12月28日にサポート車両と2台で大洗港を目指して川崎のピットを出発した。
電欠警戒区間
電気自動車で「年越し宗谷岬」への参加を考えた場合、昨今流行りの大量のバッテリーを積んだEVを使うとすると、特別な訓練は必要ないし、平均的な人ならスタッドレスさえ履けば簡単に行ける。ところが、相応に劣化が進んだ20KWhのバッテリーしか積まないEVジムニーでは事情が異なる。電欠の危険にさらされる区間が存在する。
国道10号線、名寄を過ぎて幌延までの120kmの区間、ニチコンさんの充電器が続くエリアがある。実は我々のEVジムニーは、ファームウェアの問題でこのニチコンさんの第二世代モデルとの相性がよくない。かなりの確率で充電不可が発生する。事前のテストで120km以上走れる事は確認できていたが、あくまで通常の舗装路での話で、雪でデコボコが残るであろうこの区間は、滑走ができないので、航続距離が極端に悪化することが予想された。
旭川を過ぎると路面に雪が残り始めた。除雪はされていたが路面のデコボコはあり滑走が難しくなった。電圧計を注視していると電費の悪化は明白で、無充電での走破は無理っぽかった。そして美深のQCに到着し、充電器に繋いでみるも案の定充電不可。併設の普通充電で行く選択肢もあったが、先行するゼロカーから「今年は参加者の到着が早く、メイン駐車場が埋まりそうだ」との情報が直前に届いていたので、次の音威子府のQCまで牽引して先を急いだ。
それでも、幌延の手前で電欠が確定してさらに8km牽引にしたりして、結構ドタバタ道中になってしまったが、何とか午後6時半には宗谷岬の駐車場に滑り込んだ。最北端モニュメント前の駐車場はすでに満車で歩道まで溢れていたので、サブの漁港駐車場に移動して、仮眠しつつ年越しの瞬間を待った。そして集合写真に収まり朝4時から並んでキーホルダーをゲットし、「年越し宗谷岬EV初参加」をZEVEXで達成することができた。
結果的に応募者はなかったが、ZEVEXは今回の企画に外部の参加者をYouTubeで公募した。適度な難易度で楽しかったのでまたやろうと思っている。屋根なしドアなし暖房もなしのEVジムニーなのでちょっと寒いが、厚着すればなんてことはない。次回も公募すると思うので、ぜひ応募して下さい。お待ちしています。
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