さあ、次の25年に向けて出発しよう
合言葉は「みんなでCO2削減」

日本EVクラブ代表 舘内 端

これまでの25年
日本EVクラブが1994年に設立されて25年。この25年で自動車と自動車社会は大きく変わりました。


Special Message/さあ、次の25年に向けて出発しよう

この間の課題は、まず自動車の衝突安全に代表される安全性の向上でした。また排ガスによる大気汚染のさらなる防止、そして石油エネルギーの価格の高騰と資源の節約のための省燃費技術の向上が求められました。

一方で、1991年には日本を沸かせたバブル経済が崩壊し、経済は大きく低下、自動車の販売台数は90年の777万台をピークに減少し、現在は500万台前後まで落ち込んでいます。そればかりか40%近くは軽自動車です。日本の自動車産業は大きな曲がり角に来ています。

自動車の保有台数は先進国では頭打ちなので、今後に現在を上回る年間販売台数の増大はあり得ません。また途上国も2040年近傍で飽和すると言われていますから、今後に成長が見込まれる市場はアフリカだけです。いずれ近いうちに世界で販売台数は飽和するでしょう。つまり世界の自動車産業は成長産業ではなくなるということです。

諸説ありますが、現代につながる資本主義経済は中世のイタリアで始まったと言われます。その基本原理は“成長”です。投資先が成長することで儲かるというのが簡単に言えば資本主義の原理です。したがって、成長が止まる、あるいは下降するという事態は資本主義の終焉を示すと言われます。銀行の利率はほぼゼロ、場合によってはマイナスです。このことはまさに資本主義の行き詰まりを示しています。世界の自動車産業は成長が鈍化し、あるいは下降し、やがて代替需要だけの一定量の生産台数に落ち着くでしょう。

自動車産業は石油産業と合わせて20世紀を代表する産業です。また、現在の大規模な産業の多く、たとえば戦後に五大基幹産業として国が多くの財政を投入して成長させた石炭・電力・鉄鋼・造船・化学肥料等は途上国へと移り、先進国では衰退しています。そして自動車産業がその後を追っています。

そこで先進国では新しい成長産業として情報と金融にシフトしています。その典型が米国です。ベースになる技術とインフラが、コンピューターとネットです。

ちなみに、内燃機関自動車から電気自動車へのシフトも同様です。電気自動車は、モーター、インバーター、バッテリー等のハード技術はもちろんのこと、再生可能エネルギー発電と配電への転換、電気自動車を効率的に使う交通情報技術、さらに自動運転技術が組み合わさって初めて本来の自動車になります。

日本で電気自動車が売れないわけ
日本は石炭火力発電にしがみつき、新しい成長産業へのシフトに遅れています。21世紀型産業にシフトしきれないことこそ、日本に電気自動車が普及しない本当の原因です。しかし、この原因は遠く文明開化以来の日本の権力構造に根差しており、深い闇の中にあります。フランス革命を見ればわかるように、そう簡単にこの権力構造を変えられるわけではありません。つまり、そう簡単に電気自動車が普及するわけではないのです。

日本の自動車産業が20世紀型に留まっている間に、北欧から始まったのが新たな移動のサービスである「MaaS」、そしてメルセデス・ベンツが仕掛けつつある「CASE」です。これらで新たな自動車のマーケットを作り、売り上げを増大しようという戦略です。自動車産業が「製造・販売型」から情報型へとシフトすることを端的に示す動きです。ただし、それで自動車産業が再び成長できるとは限りませんが。

いろいろ変化の兆しがありますが、自動車の最大の課題は地球温暖化・気候変動の防止であり、そのためには内燃機関自動車から電気自動車への転換が必須です。

それだけではなく、再生可能エネルギーへのシフトも必須です。その場合、日本の基幹産業の崩壊も覚悟しなければならず、大きな産業・社会革命が求められます。つまり文明の大転換が必要なのです。そして、忘れてならないのは、私たちの生活の仕方も大改革しなければなりません。

このような改革は必ずしも社会の全員から歓迎されるわけではなく、電気自動車の普及に後ろ向きで、場合によっては強く抵抗する人たちがいることは当然です。

やっぱりEV普及
日本EVクラブの設立は1994年10月です。設立の経緯は、「日本でもコンバートEVの波を起こそう」というものでした。その目的は2つです。

1つは自動車排ガスによる大気汚染の防止です。当時、日本はまだディーゼル排ガスによる大気汚染が進んでいました。

2つ目は市民の力の結集です。これこそ日本EVクラブの大きな目的です。

EVはその構造が極めて簡単なために、誰でもがというわけではありませんが、必ずしもカーメーカーでなくとも作れないわけではありません。コンバートEVに至っては、多少の自動車整備技術と電気の知識があれば製作可能です。

このこともあって1994年当時、すでに米国ではコンバートEVブームが起きており、大気汚染がひどいカリフォルニア州で2万台近いコンバートEVが誕生していました。しかも高校生がコンバートEVを製作し、レースに参加していたのです。

コンバートEVは行政にも、ましてやカーメーカーにも頼らず、市民自ら大気汚染防止、地球温暖化・気候変動を防止できる自動車なのです。これぞ市民パワーです。

なぜ市民力なのか
これからの困難な時代を切り抜けるには市民の力が欠かせません。市民と行政と産業・経済界がしっかりとタッグを組んで、それこそ「ワン・チーム」となって戦わなければならないのです。

ところで、自動車による大気汚染と地球温暖化・気候変動は、私たちが自動車を使うことで発生します。つまり、自動車の利便性の受益者である私たちが問題を作っているということなのです。しかも被害者でもあるところが、問題を複雑に、解決を難しくしています。

ちなみに自動車・飛行機・船舶・鉄道等の交通によるCO2排出割合は、世界の25%、4分の1にも及びます。これは中国のCO2排出量に匹敵するものです。大気汚染も地球温暖化・気候変動も私たちが作っているのです。

これは現代の文明の姿そのものです。私たちが抱えるさまざまな問題を解決するには、文明を変えなければなりません。

次の25年に向けて
市民の力で製作されたコンバートEVは、「2001年充電の旅」を挙行、コンバートEV(メルセデスAクラス改造)でも日本を一周できることを証明すると、2009年には東京~大阪555.6km途中無充電の旅を行いギネス記録を取得(ミラEV)して、翌2010年にはテストコースで1充電1,003kmを走行し(ミラEV)、これもまたギネス記録となりました。さらに2013年には急速充電だけで日本一周を成し遂げ(EVスーパーセブン)、電気自動車が日常生活でも、ロングドライブでも十分に使えることと、急速充電のネットワークが必ずしも不足していないことを示しました。

そうして私たちは2009年に三菱i-MiEVを、2010年にニッサン・リーフという世界に誇る2台の量産EVを迎えることができました。2台の量産EVの市販が始まったことに、私たちは大いに勇気づけられました。

しかし、量産EVの船出は容易ではありませんでした。思うように電気自動車は売れませんでした。電気自動車の販売が伸びないうちに、地球温暖化・気候変動はますます悪化してしまいました。早急な普及が必要です。

国民EVをいっしょに作りましょう
「この指とまれ2万台クラブ」の提案
25年間のEV普及活動で、電気自動車の普及の難しさは骨身に沁みて感じました。しかし、日本EVクラブの設立の目的は電気自動車の普及活動です。次の25年は、本気で確実に電気自動車を普及したいと思います。

日本EVフェスティバルもEVラリーも、その他の活動も、すべて電気自動車普及のための活動でした。量産電気自動車が登場した現在、これまでの25年の経験を生かして電気自動車を普及しましょう。

電気自動車が普及することは、本格的な電気自動車の時代が来るということです。たくさんの電気自動車が街を走るようになれば、コンバートEVもERKも、電気自動車の普及のためという重石から解放されて、もっと元気に自由に走れるようになると思います。

ところで1999年に出版した「すべての自動車人へ」(双葉社)という拙著があります。ちなみに副題は「自動車の存亡と環境・エネルギー危機をめぐって」というものでした。今から20年も前に現在の自動車状況を言い当てていたような本ですが、そのなかで「この指とまれ2万台クラブ」という提案をしました。

これは2万人がお金を出し合って自分たちの欲しいクルマをカーメーカーに作らせようというものでした。2万人が200万円ずつ出すと400億円になります。これで2万台のクルマを開発し、生産し、2万人にデリバリーして欲しいという要望をカーメーカーに出すのです。ただし、会員の要望を満たした会員が欲しいと思うクルマでなければなりません。

当時の関係者に尋ねると「作れる」ということでした。驚いたのは200万円で300万円近い販売価格のクルマが作れるというのです。新型車の購入者が決まっていれば、販売部、広報・宣伝部等の仕事がなくなり、ディーラーへの販売奨励金、カタログ製作費、広告費がなくなり、ディーラーの仕事の大半もなくなるので、販売価格を激減できるというのです。ウソか本当かわかりませんが、どうやら激安で新型車が手に入りそうです。

いろいろ勉強しましょう
欲しいクルマを決めるのは私たちです。そのためには、まず自動車について勉強しなければなりません。専門家から話を聞き、自動車博物館を訪ね、欲しいクルマに近いクルマを試乗して、議論を重ねましょう。

果たして私たちが欲しいクルマはどんなクルマなのでしょうか。大きさは、ボディスタイルは、座席数は、パワーソースは、最高出力、最大トルク、最高速、0-100km/h加速…。それより前にセダンなのか、スポーツカーなのか、流行のSUVなのか。形態を決めなければなりません。

個人的な希望を申し上げれば、VW GOLFのような世界の人たちから、長く愛される国民車はどうでしょうか。

GOLFはVW ビートルの後継車です。ビートルは、かのヒトラーが家族4人が乗れて、100km/hで高速道路を走れるクルマを作って欲しいとフェルディナンド・ポルシェ博士に命じて設計させたクルマです。そのために戦前から多くの国民が納車される日を夢見て積み立てをしたのでした。

私たちの希望を聞いてくれるカーメーカーが見つかりましたら、開発途上でクレイモデルを見たり、車体やサスペンションの構造を見て、あれこれ注文をつけることもできます。私たちにはデザインや設計はできませんが、できたものを目の前にすればいろいろと意見は言えます。

そうして3年から4年。製造ラインに新型車が流れる間、私たちは自動車をたくさん楽しめるのです。企画し、モデルを作り、試作車を作り、試乗して、みんなで意見を言い合い、現場の人たちと一緒に自動車を作るのです。

電気軽自動車はどうでしょう
1999年当時は、まさか電気自動車で2万台クラブを作るとは考えてもみませんでした。しかし、量産電気自動車が生まれた現在、むしろ電気自動車のほうが欲しい新型車を安く、短期間に生産できそうな気がします。

電池とモーターと制御器をフレームに入れ込んだプラットフォーム方式という生産方式が、カーメーカーの電気自動車開発に取り入れられています。プラットフォームを伸ばしたり、縮めたりして、私たちが欲しいボディを載せれば完成です。

ということで、私たちが欲しい電気自動車の開発はとても安く、容易にできそうです。ただし、2万人とは言いませんが、1万人の会員をどう集めるかが課題です。

ということで秘策です。2万台クラブを電気軽自動車でやったらどうでしょうか。2021年には数社から電気軽自動車が登場すると言われています。プラットフォームができるわけです。価格はおそらく200万円プラスで、自治体によっては国と合わせて50万円ほどの補助金が付いて150万円で買えるのではないかと勝手に推測しています。

300万円のクルマが200万円で買えるという上記の話からすれば、200万円の電気軽自動車は1万人が集まれば133万円となり、これに50万円の補助金が付くとして、なんと83万円で欲しいデザイン、ボディの新車の電気軽自動車が買えるのです。

1万人が83万円ずつ出し合って83億円。あるいは2万人の会員で166億円前払いします。カーメーカーさん、いかがでしょう。 私たち電気自動車ファンと一緒に電気軽自動車を作りませんか。

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