2001年充電の旅 CHALLENGE & CHARGE

スペシャルレポート

木野おぢさんの「東北の旅」同行記
EV-Aclassが走るには人情の充電も必要だ。
■TEXT:RYUICHI KINO

かなり遅くなってしまいましたが、東北レポートです。 僕が合流したのは秋田県大館市。サポーター登録してくれていたさくら理容室さんでした。ここで充電の旅ドライバーは、長旅でのび放題になったアタマを散髪してもらうことに。さくら理容室の貝森さんとお父さんに切ってもらいサッパリ。貝森さんは以前は東京で仕事をしていたそうで、実家の大館に帰った当初は「こんなに暗かったっけ?」と思ったそうだが、今は住めば都。やっぱり地元はいいもんなのだ。

大館から向かうは十和田湖。
以前、東北速報でもお伝えしたとおり、十和田湖に向かって上っていく樹海ラインは甘くなかったんでございます。 もっとも緑に囲まれた周囲の景色は抜群で、背後に八幡平を望みながら風を切って進んでいくのは声もないほど気持ちがいい。これで電気があれば文句ないのだけれど、やっぱり途中で電欠気味になってしまった。なんとか休み休みでもちこたえ、無事に十和田湖に到着。

ほんとうは翌日はオフ日だったのだが、「峠の入り口まで見に行こう」という薄井さんの提案で進み始めると、薄井さんが「Uターンしそこなった」。また引き返すのもたいへんなので、そのまま弘前に向かってしまったのだった。


貝森さん親子の手でアマタはさっぱり。
それにしても散髪の間はなんであんなに気持ちいいのだろう。


深遠なる奥羽の森に囲まれた樹海ライン。とはいえ登り切るのはえらいタイヘン。


登り切って十和田湖を望む。高村光太郎作の乙女の像など見物し、
スワンで僕と薄井さんは競争し、翌日は黒石から弘前に入った。


十和田から黒石に向かう途中、はるかに岩木山を見る。
津軽の山は荘厳で美しく、ただ仰ぎ見るしかなかった。

弘前からは、7階建てのビルほどもある“たちねぷた”を五所川原駅で見物し、一路青森市内へ。
ねぷた祭りが始まると泊まるところがなくなるという話を聞いたので、とにかく前に進むことに決定し、青森から浅虫温泉にGO! 青森市内では青森テレビの取材を受け、薄井さんの後輩の
白鳥さん(アメリカ留学するなどとても国際的な人だった)の世話になり、世話になりついでに白鳥さんの奥さんの実家の椿館を紹介してもらい宿泊した。

翌日朝、青森県で唯一の日本EVクラブ会員の東海マリン・大室さんが宿に立ち寄ってくれた。野辺地の大室さんは津軽まで仕事に行く途中だった。朝、充電のお願いをしようと連絡をしたら、浅虫温泉の宿近くまで来ているとのことだった。
なんというタイミング。 こんな綱渡りで日本一周をしているという驚きとともに、綱渡りがうまくいっているからここまで来れたのだということを肌で感じた瞬間だった。それもこれも、同行している私がもって生まれた強運かもね。。

浅虫温泉を出たEV-Aclassは、野辺地にある大室さんのお店、東海マリンサービスで充電し、そこから下北半島を横断して“なにかと話題の”六ヶ所村へ。六ヶ所では石油備蓄基地で充電させてもらおうと挑戦したが、あえなく失敗。 でも核燃料リサイクルセンターのPR館に行ったら、受付のオネエサンがテレビでEV-Aclassを見たことがあり、即、充電OK。ありがたやありがたや。

こういうとき、古澤君のフットワークはいい。さっそくオネエサンたちと仲良くなって談笑している。しかし! ここで大問題発生。六ヶ所で泊まろうとしたら、どこも満室なのだ。工事のために長期滞在する人が多いらしく、急に行ってもダメらしい。おまけにこの日は大雨と強風、気温は16度。東北太平洋側の農家の大敵である、やませが吹きまくる最悪のコンディション。 しかたがないので意を決して、再び下北半島を横断することに。距離、約38キロ。ガソリン車なら問題ないものの、牧場地帯の中のアップダウンあり。例によって下りはヨイヨイ、登りはヘロヘロ。しかも最後は2時間ほど100Vで充電しただけのチャレンジングな道のりだ。 いやあ、横浜の光が見えたときにはホッとした。後でわかったことだが、この日は1日で100キロも走ってしまっていた。今回の旅の最長記録だ。ドライバーふたりとも、「もうこんなのはイヤだ。次は他の人にまかせます」そのまま早い時間に寝入ったのだった。


棟方志功も逗留していた椿館は食も風呂も満足120%


椿館で大室さんとランデブー。タイミングがいいことこのうえなし。


PRセンターの受付のオネイサンに記帳してもらいました。


横浜到着。疲れた表情の薄井さん。ほんとにきつかった様子がアリアリ。

翌日はむつ市入り。ガソリンスタンドで登録してくれた丸山さんはEV-Aclassをきれいに洗ってくれた上、「寒いでしょう」と横浜ゴムのフリースをくれた。そのまたおまけに、翌日の夜にはお酒を3本も差し入れ。北の国は人があったかいのだ。 しかぁし、そのフリースは、気づいたらリポーター木野が東京までもって帰ってきてしまっていた。申し訳ないです(北海道でドライバーさんに返しました)。

むつ市を出発したEV-Aclassは、まず霊場、恐山に向かった。ここまで来たらやっぱり見なきゃいかんだろうという薄井ドラの決心。途中、上り坂も問題なくクリアし恐山に行き着いたとたん、「!!」。
霊場とはこういうことなんかと、恐れ入るしかない場所だった。 とくに薄井さんは恐山の菩提寺のなかで沈黙し、じっと水を見つめていた。ちょっと冗談をカマすような雰囲気でもなく、ただ時間が過ぎるのを待つしかないという感じ。霊気と会話する薄井さんの後ろ姿をただ眺めるしかない私なのでした。ともあれ、菩提寺のなかは、この世とは思えない雰囲気と景色を備えた場所だったです。

恐山を出たEV-Aclassは、まずは薬研温泉で充電すべく山越えに向かう。ところが、たどり着いた薬研温泉では、ちょうどランチタイムが終わっていて店がひとつも開いていない。しょうがないのでそのまま大畑に直行。またまた長距離行だ。大畑でとびこんだスパゲティ屋さんは快く充電OK。この充電が効いて、この日は本州最北端の大間にたどり着くことができた。

大間では、黒石の佐々木さんの紹介でコンセントサポーター登録してくれた“あおぞら組組長”島さんに遭遇。あおぞら組は、夏になると大間に出入りする函館行きフェリーに向かって送迎の旗振りをする人たち(ほかにもいろいろしてるけど)。大間は、近海まぐろで有名な港町。以前に放映していたNHKの朝の連ドラ“私の青空”の舞台でもある。ドラマの中で、主人公のお父さん役の伊藤四郎さんが、堤防で船を見送りシーンがあるんだけど、それを見た島さんが「あれ、やてみっか」ってことで始まったのが、旗振りムーブメント。今や参加者は十数人になり、毎週週末になると大間港に出没している。

そんなわけであおぞら組に見送ってもらおうとしたEV-Aclassだったが、この時期、やっぱりフェリーは混んでいた。朝の便のキャンセル待ちもしていたものの、見事に1台前までで満杯。しょうがないので夕方の便に切り替えて、1日、大間を散策。 その前に、フェスティバルに向けて「人の手で押してどのくらい充電できるかチャレンジ」を、あおぞら組の手を借りて実行。結果はまたのお楽しみだけど、いやあ、暑い中、みなさんありがとうございました。

フェリーを待つ間には、函館のサポーターさん、星原さんにも連絡がとれ、しかもジンギスカンの用意までしてくれるというありがたいお誘いもあり、おまけにその星原さんは大間の島さんとネットの知り合いで、出航間際に、島さんはジンギスカン用の差し入れを持ってきてくれたのでした。最後はやっぱり旗振りで見送り。こうしてEV-Aclassは北海道に向かいましたとさ。


GSで洗車してもらったEV-Aclass。


恐山の湖前で。深い山に囲まれたこの場所全体が、不思議な空気に包まれていた


大間には風力発電所あり。北の風を受けて立つ風力発電は迫力バツグン


EV-Aclassを押すあおぞら組の面々。こうやって押したのだ


へばの〜!ってことで、EV-Aclassの見送りだぁ!

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